Day2

無理やり体を起こして朝食に行くと、皆、朝からどんぶり3杯位は平気で食べているのに吃驚した。

60代70代の人も例外なく食べている。

よく朝からそんなに食べられるな、と感心していると、歩き遍路は半端ないエネルギーを使うので、血糖値が減る状態になる人が多く無理にでも食べておく方が良いとの事だ。

そうでなければ、歩きで、通しで、遍路を廻るのはきついらしい。



朝食が終わり用意を済ませて出かける支度をするが、荷物を持った瞬間、肩にずっしりと重みがかかる。

また、腰の痛みが全然取れていないので、少々気が滅入るが何とか出発する事にした。

前日の情報で、3日目になると歩き遍路最大の難所、焼山寺が控えている為、今日は11番までお参りをしてからその近くの宿を取るのが最善と聞いていた。



宿の取り方は人それぞれ違う。

昼まで歩ける所まで歩き、大体目安をつけてから宿の予約をする人もいるし、もう最初から今日はここまでと決めて予約する人もいる。

一日20キロや30キロまでと決めている人は1週間分を纏めて予約したりもする。

高知県の途中から自分が歩ける距離が分かって来るので、殆どの人は高知県を過ぎた辺りから3日分くらいは纏めて予約する人が多い。

また、人気の宿は早めに埋まってしまうので、距離を逆算しながら予約を取って行ったりする。

私も道中何回も経験があるが急な宿の予約をした時、「空いていません・・・」が続くと冷や冷やとした。

宿が空いていなかったら、野宿するか、無理して距離を伸ばさなければいけないので、宿の予約だけは、かなり気を使った。

何故ならば、歩き遍路の道中は調度良い距離に宿がある訳でもなく、車でお気に入りの宿までGO!と言う訳には行かないからだ。

遍路用の道から少しでも離れた場所の宿だと余計な距離を歩く事になってしまうので、殆どの歩き遍路の方は敬遠する。

どんな立場の人でも歩き遍路をしている以上、宿の確保が出来なければ、ボロボロの宿に宿泊する事になるが、またその当たり外れが面白い。



今日は宿をまだ決めていなかったので、ぼんやりと考えながら歩いていた。

すると、通学途中の中学生や高校生男女関係なく気持ち良い挨拶をしてくれた。

 

そんな光景を繰り返し受けながら周りの景色を見て、ふと気が付くと歩き遍路マークの矢印が見当たらなくなった。

あれ?道を間違えたのかな・・・と思い地図を見るが、どうやら曲がる所を真っ直ぐ来てしまったようだ。

遍路道保存協力会が出している地図は慣れれば便利だが、慣れるまでが本当に大変なのである。

 

何故かと言うと、通常の地図は北が上になっているが、遍路地図ではそれがバラバラになっているからである。

だから、わざわざ方位磁石で北を確認し、それに合わせて自分の立ち位置も変え方向を確認しなければいけない。

私はこんな時どうしたかと言うと、スマホを出しナビシステムで目的地まで向かっていた。



その後は順調にお寺を巡って行くが、坂を随分と上って来た時、四国第10番の切幡寺が近づいてきた。

その前に延々と続く階段が待ち構えている。

  

「なんだよ、これを上るのか?勘弁してくれよ・・・などの独り言も虚しく、どうやらこの上にあるのが切幡寺のようだ。

333段と234段の階段を息切れしながら上る時、そう言えば全国コンサルの途中で寄った金毘羅さんは1380段だったな・・・あれを上がったのだからと言い聞かせても、あの時、ザック重量12キロは持っていないので、どちらかと言えば今の方がきつく感じた。

 

やっとの思いでお寺まで着くと、汗が滴り落ちて来て、後から上がって来た人も皆ハーハー言いながら、キツイ、キツイ!を連呼している。


昨日の宿で一緒になったベテランお遍路の人に、このお寺でたまたま会った。

ザックを持っていないのでどうしたのか聞いてみると、どうやら下のお店でザックを預かってくれる所があり、そこに預けて上って来たらしい。

へ〜そんな使い方もあるんだ、と感心していたのだが、私の場合ザックも体の一部と考えていたので、この旅では常にザックを肌身離さず持っていた。



昼に近づいてきたので食事出来る所を探しながら歩いていると、調度国道を横切る所にうどん屋があったのでそこで昼休憩を取る事にした。

これは歩き遍路をして分かった事だが、今ある場所を逃すと「次の場所」は中々訪れない。

街で暮らしていると、どこにでも食堂やコンビニ、自動販売機があると思い、調度良い時間帯を選べるが、歩き遍路をしているとその道沿いに(最適な時間に最適な場所がない)ない事が殆どなので、今を逃すと次は訪れない。

昨日の二の舞は踏みたくないので、そのうどんやでパソコンを出し、仕事をしながら昼食を取る事にした。




その横のテーブルではタクシー遍路さんが運転手と雑談を交わしていたのだが、どうやらタクシーを使い3日位の遍路をしているらしい。

タクシーの運転手も遍路専属のプロらしく、お寺の歴史を詳しく話していた。

様々な仕事があるんだなと感心しながら外に目をやるとすごく良い天気である。

今日はどれだけ水分を取ったのだろう?と言う位、水分を取っている。

日常ではトレーニング以外の時は、そこまで水分の事を気にしてないが、歩き遍路だと自動販売機でジュースや水を買う事が殆どなので、自分がどれだけ水分を取っているか?人間は一日にどれだけ水分を欲するのか?が、良く分かる。

遍路の途中で(山道や自動販売機がない場所で)水を切らした事があったが、あの水分が取れない苦しみは尋常ではない。

水がないと人は死ぬ。

そんな事は街で暮らしていたら想像も出来ないと思うが、この旅では水の大切さを随分と教えられた。



うどん屋を出発し大きな川に差しかかった所で歩き遍路用のシールが斜めに張ってあった。

曖昧なシールだったのでそのまま川沿いを歩いて行くと、家の中から人が飛び出してきて「お〜い、お四国さん、その道は違うよ、川を渡るんだよ」と、教えてくれた。


四国の人は遍路さんの事をお四国さんと呼ぶ。

わざわざ私の事を気遣って家から飛び出して来たその人にお礼を言い、川を渡るが、その時同じように道を間違えた可愛らしい20代の女性遍路さんと合流した。

「こっちの道ですか?」「そのようだよ」などと、やり取りし、暫く雑談をしながら歩くが、歩き遍路は人と歩くとペースが乱れる。

デートとか、彼女や奥さんならば分かるが、長距離を歩く遍路は、自分の歩幅や休憩のペースが違う為、余計に疲れてしまうからだ。



その女性とは、先程決めた今日の宿が一緒だった為、じゃぁ、また後でと言って先に行ったのだが、途中足の裏が痛くなり、休憩をしている所で抜かされてしまった。

女性に抜かされたと少しショックではあったが、この足の裏の痛さは尋常ではない、一歩踏み出す度に、ジンジンする。

これは経験しないと分からないと思うが、かなりきつい。

「まだ2日目だと言うのに、遍路・・・本当にやって行けるのかな・・・」と、その時の私は新しい世界の厳しい洗礼を受けていた。



やっとの思いで宿に到着するが、昨日と同じで、立つ事すら出来ない。

部屋で入念に足腰のストレッチをし、風呂に入り体を解した所で食事を取るが、遍路後のビールのうまさが半端ではなかった。

これ程うまいビールは何時以来だろう・・・

女性と飲んでいても、仕事終わりのビールでも、これ程うまいビールは中々味わえない。


14歳の時、年齢を偽って大の大人も逃げ出す過酷な肉体労働のバイトに出かけた事がある。

その仕事終わりにおじさんから「おい、ぼうず良く頑張ったな、酒飲みに行くぞ」と言われ奢ってもらったビール以来かもしれない。

やはり、体を駆使して疲れ切った後に飲み干すビールは格別な味がした。



道中で一緒になった女性が私の前の席だったので、少し喋っていたが、ある事実が分かった。

女性は遍路に興味がある人が多いと言う事だ。

しかし、歩きで行くとなると殆どの方が時間とお金の都合が出来ず、結果友人は誘えず一人で来る人が多い。

女性の一人旅はどこの宿でも敬遠されるが、遍路旅だと歓迎される事。

また、その女性はバックを3つ持って来ており、必要な物だけ取り出して次の宿に先送りをしている。

その話を聞きながら、海外移住か?と、皆でからかって笑っていた。

特に遍路だと、様々な事情があるので、何故遍路に来ているのか?の質問はご法度だが、その質問さえしなければ、歩き遍路同士は直ぐに仲良くなってしまう。


私の横には1番寺で見かけた新米お遍路さんがいたが、2日目でもう既に足の裏がマメだらけで歩けないと言っていた。

明日の山越えを目の前に、リタイアと残念がっていたが、一時断念しまた出直して来るらしい。


これが遍路の厳しさか・・・歩く意思があっても体の故障ならばどうにもならない。



楽しい宴は夜遅くまで続いたが、明日は遍路ころがしと言う、遍路1の難所、焼山寺が控えているので、そこでお開きにして眠りについた。

※遍路転がしとは?急な山越えをする事、歩き遍路さんが山を下る時、転げ落ちる様からそう呼ばれる。


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