Day32

標高745メートルの横峰時の登山である。

この道を往復してから次の札所63番に向かうのだが、横峰時は遍路の中では2番目に高い。

あの遍路ころがし1番の難所、焼山寺でも標高は700メートルである。

出発する前からかなり厳しい登山になるのは覚悟をしていた。



宿を出て暫くすると、地元の人が「今から横峰時でしょ?これ持って行きなさい」と飴とお菓子をくれた。

ありがたくお礼を言いその場で一つ食べると大事な物を忘れている事に気が付く。

ペットボトルだ。

水分がないととても往復6時間の登山は出来ないので慌てて引き換えし、自動販売機で水を購入する。

あそこで飴を貰わないとそのまま気が付かずに、かなりの距離を進んでいたはずなので、危ない所であった。


登山開始から水たまりと石のでこぼこ道が続き、それを抜けたら今度は木がバンバン倒れまくっているケモノ道になり、すぐ横は急な崖・・・まるで南米のジャングルを探検しているようだ。

ここは本当に日本か?と思う位とんでもない道である。

 

 

更に急な坂道の連続で、僅か10分で汗だくになり、この登りが9キロ以上続くのだからたまった物ではない。

汗を掻いたので服を脱ぐが、今日の気温はかなり低く脱ぐと寒く、着ると暑いで、体温を調整するのにも苦労をする。


あかん、きつ過ぎる。


ここ最近では、心底音をあげたのが八丁坂、あの時は全身を故障していたのでまだ分かるが、この道は半端なくきつい。

登る途中、至る所で遍路さんがダウンしていた。


この横峰寺に来るまでには数々の難所を歩き通し足もかなり出来ているはず。

だが、まだまだ試練があるとは・・・

その時、あのスーパーおじいちゃんが息切れ一つせず私を追い抜かして行った。

「よっ!お先!」


「・・・半端ね~あのおじいちゃん・・・」

80歳であの元気。

街で見かける80歳の方は本当にヨボヨボだが、自分を鍛え続けるだけで同じ歳でもこんなにも違って来るものか。

それを見て私も元気を貰い歩き続けた。


暫くすると、私を追い抜かして行ったはずのスーパーおじいちゃんが、猛スピードで私の後ろから来る。

「あれ、どうしたんですか?」

「いや~道を間違えて1キロほど下って行ったわい」

そう言いながらまた私を抜かして行った。





横峰時まで後3.6キロの案内が出ている。

ここは標高460メートルなので後、280メートル程登るだけか・・・

その直後、トレーニングをしている若いお坊さんに会った。

寒いのに半そで短パンで、そこから見える筋肉が半端なく、がに股で山をガンガン登って行く、スタミナも凄い。

やはり、モテる理由で見てくれの上半身ばかり鍛えるのではなく、下半身も鍛えないとバランスが取れないなと強く思う。


貰った飴を口に含み、ケモノ除けの鈴の代わりにロッキーのテーマを流す。

・・・不思議だ。

ロッキーのテーマを流すと、きつい山登りでもトレーニングしていると錯覚させてくれる。

この調子で何とか進むが、逆からお遍路さんが歩いて来たら少し恥ずかしい。


幸いその後は誰とも合わず、横峰寺到着。



全身汗だくだが、標高が高いのと今日の気温が低い事もあって、一気に体が冷えて来る。

お参りを済ませ、納経に行くと、住職が「歩きですか、本当にご苦労様」と言ってくれた。

この瞬間に疲れが吹っ飛ぶ場合が多い。

難所にあるお寺は歩き遍路さんには殆ど労いの言葉をかけて来る。

また、住職の大半が歩き遍路経験者なのでその苦労が分かっているのだろう。


このお寺から50メートル程上に行った所に展望台があるのだが、そこからの景色が良いとの事で行ってみる。



そこからの眺めは圧巻だった。

息をのむとはこの事を言うのだろう。



さぁ、帰路だ。

来た道を引き返し、下がって行くと鼻歌おじさんが今頃登って来た。

と、言っても普通の人に比べれば断然早い方だが。

「え~もう行って来たの~大したもんだ~」「へ~大したもんだ~」を連呼している。

スーパーおじいちゃんにはとっくに抜かされたので、少々恥ずかしいが、人は褒められると嬉しい物である。


結局、予定の6時間はかからず、4時間足らずで往復してしまったので、午前中に63番吉祥時到着。



64番前神寺でスーパーおじいちゃんに追いつく。



「あんた早いね!」と、おじいちゃん。

「いや、おじいちゃんの山登りには皆さん吃驚していましたよ」と、私。

昨日の宿の会話で言っていたが、このおじいちゃんは今日で28日目、私より4日後に出発して、今ここだから相当な健脚である。

も一度言うが80歳である。

ベテラン遍路さん達もあり得ないと言っていた。

全部の行程が33日位で結願するのではないだろうか・・・


昔の人は1日40キロ歩くと言われているが、遍路道は難所の連続である。

しかも遍路が初めてで野宿も一切していないので驚きだ。

相当タフな若い人でも、宿に泊まりながら長期間この行程を歩くのはまず無理だろう。


「大したもんだ~」

その時、鼻歌おじさんの口癖が出て来そうになった。


64番の前神寺が終われば、65番三角寺まで40キロ以上に渡るアスファルトの1本道だ。

そして、明日もこの道をひたすら歩く事になる。


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