Day34

宿のおかみさんが、私が見えなくなるまで外で手を振っている、本当にお世話になりました。


今日は二つの難所、65番三角寺と、66番雲辺寺を登る。

菩堤の道場愛媛県から一旦徳島県に入り、そして涅槃の道場、香川県に入るルートである。



三角寺に向かう途中、地元の人が、「そっち」よりも「あっち」の道のほうが良いよと教えてくれた。

「先程も遍路さんが来たのでそう教えてあげたよ」と言う。

そう言えばさっきすれ違った遍路さんがいたな、そうであれば教えてくれればいいのにと思いながら礼を言い「あっち」の道を行く事にした。



三角寺までは難所だと言うが、それ程でもない。

 

と言うよりも、横峰寺がきつ過ぎてそう感じるだけかもしれない。

結構感覚が麻痺して来ている。

もう今では30キロ歩くと言っても、昼前後には着くな、と計算出来るし、自分に合った休憩の仕方も熟知している。

遍路が終わる頃に、遍路に慣れると言うがまさにその言葉通りであろうか。



遍路寺特有の急な階段を上り、三角寺に着くとテレビクルーが来ていた。



ひょっとして、昨日ニュースでやっていた遍路特集か?

このテレビクルーは門を通る遍路さんを映したいらしく、向こう側で待ち伏せをしているが、さすがにテレビには映りたくないので、門の前でじっと待っていても、誰も通らない。

私がそっと向こう側を何度も覗くがまだテレビクルーは待っている。

その時、団体さんがやって来たので、それに紛れ菅笠を深めに被ってテレビの前を通り過ぎた。

「ありがとうございます、今カメラに映させて頂きました、宜しいですか?」と、団体さんに言っている。

と言う事は私も映っているのか?





三角寺の休憩所では次の雲辺寺をどうするか、遍路さん同士で会話をしていた。

雲辺寺は標高900メートルあり、遍路寺の中では一番高い場所にある難所である。

その麓の宿で一泊するのか、今日中に登りその先まで行ってしまうのか、その話である。

殆どの方が麓の宿に泊まる中、私は雲辺寺を目指した。

麓の宿に、2時や3時頃着くのであればまだ考えるが、さすがに麓の宿だと昼前には着いてしまうので、それからする事がないのが理由だ。

最近はスタンプラリーになりがちな40キロ以上を歩くのをやめたが、早く着きすぎるのも避けたかった。

ここから16キロ、今から山を下り、また、山道の登りと言っても十分間に合うだろう。


三角寺からの山道を下り、弘法太子空海が病を封じ込めたとされる椿堂をお参りし、900メートルある境目トンネルを抜け、やっと、徳島県に戻って来た。

  

調度トンネルを過ぎた所に食堂があったので、そこで定食を食し、今から山に登るので、念の為おにぎりも購入する。

そして、雲辺寺の登り口から一気に標高900メートルを目指す。

健脚の人でも1時間30分とあるが、自分のペースで挑む。


あかん、きつい。


このセリフ、横峰寺でも言ったような気がする。

とめどなく流れ落ちる汗をタオルで拭いながら歩くが、上に登りきる頃には体力が消耗していた。

しかし、雲辺寺とはよく言ったもので、正に雲の辺りのお寺で、後2キロの県道に出る頃には辺り一面、霧の中だった。

この雲辺寺に車で参拝する人は反対側の山の麓からロープウェイで上がってくる。

 

幻想的な道を歩き、雲辺寺到着。

 

時間を見たら1時間15分で着いたので、休憩をした割には案外早かった。

標高は雲辺寺が一番高いが、どちらかと言うと、横峰寺の方がきつかったかも知れない。


と、その時はそう思っていたが、ここの難所は下りに秘密があったのだ。

雲辺寺から4キロ以上の下りは、900メートルの高さから文字通り一気に下って行くので、坂が半端ないのだ。

事前の情報ではここで転んで足の骨を折った人が沢山いるらしい。


まさに、遍路ころがし。


雲辺寺の五百羅漢像を見学した後(五百羅漢像は必見)山を下って行く。

  

私も気を付けてゆっくりと下りて行くが、一段下りる度にドスンと膝に衝撃が来る。

また、段差の先にある木が霧に濡れてツルツル滑り非常に危ない。

いくら歩いても坂道は続くので、逆打ちして来る人はきついだろうなと思っていたら本当に来た。

三坂峠の再来である。

あそこの坂も急で長かったが、この坂はそれよりも数キロ長い。

「こんにちは、今から登るのですか?ここの坂は大変ですよ」と声をかけると「何度も来ていますので大丈夫です、ありがとうございます」と言い、息を切らしながら登って行った。

そう言えば、逆打ちした人で遅い時間から登り始め、道に迷い遭難しかけた人がいるって聞いた。

その方は着ている物を全部着込んで、そこから1歩も動かず夜を過ごしたらしいが、夜の山の恐怖は半端じゃなかったらしい。

山はもしもの為に万全の用意をして来ないと、とんでもない目に合うだろう。



 

まだまだ標高は高いが、やっと霧が晴れて来た。

結局、この下りを抜けるまでに、例の木で滑って3回も転んでしまった。

一つの靴を今までずっと履き通し歩いて来たので、靴底が減り、滑りやすくなっているのもあるが、遍路ころがしって本当に転ぶんだと反対に笑ってしまった。





67番大興寺に向かう途中、畑に玉ねぎが沢山並べられている。

玉ねぎって、こうやって植えるのか?いや、どう考えても違うだろ、詳しくは知らないが謎である。




67番大興寺に着いた頃は足がクタクタになっていたが、2つの山を抜けて来たので無理はない。


宿では、3人の歩き遍路さんがいたが、やはり今日も結願の話になった。

お礼参りで1番へ行く人、88番を打ったら飛行機で帰る人、フェリーで高野山へ向かう人、それぞれの旅が始まる様にそれそれの旅の終わり方もある。

私もどうやって旅を締めくくるかを考え始めていた。


Day33Day35


トップページに戻る

Copyright c  All Rights Reserved